昨日は送り盆ということで、家族全員で施餓鬼供養というのをしました。

お盆は盂蘭盆(うらぼん)というのが大切と言われてますが、この盂蘭盆というのは造語です。
もともとはサンスクリット語のウラバンが語源だそうです。

お釈迦様の十大お弟子さんに目連さんという人がおられます。この方は神通力が一番優れていたそうで、別の次元に意識(霊)を飛ばしてそれを観ることができました。

両親が他界して目連が神通力を使い両親を探していると、お父さんは天国にいました。でもお母さんが天国を探してもいない。そこで別の世界をくまなく探すと、まもなくお母さんが見つかりました。
お母さんは地獄界にいたそうです。その姿はやせ細り骨と皮になっていて餓鬼のようでした。

衝撃を受けた目連はお釈迦様に問うたそうです。
「何故母は地獄にいるのですか?」
するとお釈迦様は
「自分に与えるばかりで自分以外には施さなかったからだ」
と言われます。

そこで母を救うにはどうしたらよいですか?と聞くとお釈迦様はこの休みの時期(仏教)に施しをしなさいと言われたそうです。
餓鬼道に落ちていると、お供えも食べようとすれば火の玉になり食べることができないのだそうです。そこで佛になる教えを説いている経文を唱えて救うということです。
詳細はニュアンスが違う表現かもしえませんが、目連が餓鬼道に落ちた母を救うために行った供養が盂蘭盆会・・・・・つまりお盆の起源だそうです。

貪る心が自分だけ、自分の子供にだけ、自分の家族にだけ・・・・このようなことは現代ではたくさん見受けますよね。私達は生きながらにして、生かされていることも忘れて、肉体ごと餓鬼道に堕ちているかもしれません。

今日は不思議なことがありました。
家族で出かける予定時間に出れなくて、いざ出発すればみんな時速50km以下で走っていてノロノロ運転です。

しかも1BOXカーは4人しか乗っていないのにですね、全然加速しないんですよ。アクセル踏んでも・・・・・まるで人が20人ぐらい乗っているのか?という感じでした。カーブでもハンドル取られそうなぐらいに遠心力が働いています。

施餓鬼供養の受付に間に合うかな?と不安になりつつも安全になんとかたどり着けました。
それから家族全員が体が重いと言います、私も境内を上がる時は何人も背中に乗せて、肩も手も足もしがみついているような重さでした。

まるで成仏したくない人が阻止しているようでもあり、また一方ではこの機会に私も私もと集まってきているかのようでもあります。
やがて境内の受付を済ませてお接待を受けていると体が軽くなりました。家族全員が軽くなったと実感して本堂に向かうと・・・外に出るとまた少し重たくなりました。実はここまでこれても中に入れない霊もいるのです。

やがて施餓鬼の供養が1時間半ぐらいありましたが、その後は完全に軽くなりました。

行きたくない人、行きたいけど自力では行けない人の霊がそれぞれ私をたよっていました。
でも今日はどちらも送り出せた施しができたことに感謝です。

お盆がとても楽しいのは自分以外を救う機会だからです。お盆に限らなくてもこれはいつでもできますが、このような感性を忘れがちな今の日本にはやはり大切な行事です。




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